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OUR HISTORY
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沿革
HISTORY INDEX
1920-1954
1955-1974
1975-1993
1994-2024
1920-1954
1920
町田久太郎が丸久組製糸所を創業
丸久組製糸所
ロゴマーク
丸久組製糸所 創業者
町田久太郎
1923
町田久太郎が渋川町長に当選し、町田三郎が社長に就任
1937
町田三郎が渋川町長に当選
1938
織物工場を新設し、製糸・撚糸・織物の一貫生産を実現
1943
太平洋戦争の激化により、政府要請で軍需工場への転換を決定
1944
東芝と協議し疎開工場を設立する旨に合意
町田三郎が渋川航空計器株式会社を設立
渋川製作所初代社長 町田三郎
1945
町田三郎が渋川町町長を任期満了に伴い退任
終戦に伴い社名を渋川製作所に改称
上ノ町工場
渋川市教育委員会提供
1946
町田三郎が戦後初めての衆議院選挙に当選
町田義雄が渋川製作所に入社
町田三郎が自ら労働組合を立ち上げる
第一回衆議院選挙に当選し
国会に出席する町田三郎
1950
工場敷地内に金属加工工場を新設 一貫生産を実現
上ノ町工場内
渋川市教育委員会提供
1955-1974
1958
町田三郎が渋川市長に当選
2期8年市長を務める
1960
電力需要の急増により製造品目が増加する
1963
渋川市上ノ町から同市行幸田に工場を移転する
行幸田工場 外観
1968
町田三郎が会長に就任
町田義雄が2代目社長に就任
渋川製作所2代目社長 町田義雄
1973
オイルショックで受注が減少し会社が苦境に
1974
資本金4,800万円に増資
1975-1993
1975
初代社長の町田三郎が逝去し、従五位に叙される
1979
東芝三重工場とノーヒューズブレーカーの取引開始
1980
1980年 社員旅行(佐渡)
1984
真空遮断器の出荷台数が2万台に到達し式典を催す
VCB遮断器 2万台出荷記念式典(東京府中にて)
VCB遮断器 2万台出荷達成記念式典(渋川製作所にて)
1986
加工効率向上のため最新マシニングセンタを複数導入
1987
業務効率向上のため事務所にパソコンを導入する
パソコンを導入
1989
設立45年を記念し会社敷地内にヒマラヤスギを45本植樹する
アームロボットを導入し、NC旋盤工程を自動化
創立45周年記念
ヒマラヤスギを45本植樹
創立45周年記念 集合写真
1990
町田久が3代目社長に就任
町田義雄が勲五等に叙され雙光旭日章を受賞する
町田義雄が逝去し、正六位に叙される
1994-2024
1994
行幸田工場跡地にとりせん等複数店舗を誘致
行幸田工場跡地にとりせんがオープン
とりせん開店のテープカットセレモニー
1997
本社・工場を渋川行幸田から同市折原に移転
2008
工場敷地内に新加工工場を増設
新工場完成
2020
町田久が旭日小綬章を受賞
2022
東芝より事業移管を受け電磁接触器の販売を開始
町田久が会長に就任
町田太郎が4代目社長に就任
2024
創立80周年を迎える
創立80周年記念式典
創立80周年記念式典 集合写真
TO
THE FUTURE
伝統継承と新たな挑戦を結びつけ、
未来を築いていく。
渋川製作所は、
これまでの技術と経験を大切にしながら、
未来に向けた革新を追い求めます。
これからも挑戦を続け、さらなる成長を遂げていきます。